天然染料

Image

紫根

ムラサキ科の多年草である紫草の根。奈良時代には多く自生していたようだが時代とともに減少し、現代では絶滅危惧種となっている。
古くから紫は洋の東西を問わず高貴な色とされてきた。聖徳太子が制定した冠位十二階の制においても、紫は最高位の色とされた。
紫の染色には大量の根を必要とするにもかかわらず入手困難な染料である。そして更に紫根の染色方法は他の植物染料に比べてとても手間暇のかかる作業である。
また薬用として非常に優れた効能があり、古くより胃腸薬、皮膚病薬として扱われ、正倉院の献納薬物の中にもこの紫根が見られる。

Image

紅花

紅花はエジプト、エチオピアあたりが原産のキク科の一年草または越年草。シルクロードを経て日本へは五世紀から六世紀にかけて渡来した。
夏に咲く黄紅色の花弁を摘み取って染料及び薬用として用いる。薬用としては婦人病の妙薬として重宝されてきた。その効果効能から昔の人々は腰巻などの下着や襦袢などの肌に近い衣類に紅絹を使用していた。また紅花の色素を沈殿させ皿に塗って乾燥保存したものを口紅などの化粧品として用いてきた。

Image

インド茜

茜色といわれる赤を染め出す植物染料には、日本茜、西洋茜、インド茜がある。それぞれ異なる植物で色素の組成も異なるが、色相がほとんど同じに見えるので総じて茜と呼ばれている。
我が国で古くから用いられてきたのは日本茜である。しかしその染色技法の困難さから中世以後廃れてしまった。
桃山時代になると南蛮貿易によりインドで染められた更紗が持ち込まれるようになる。インド茜で染められた鮮烈な赤の木綿布は人々を魅了し、武将や大名、裕福な町人たちの間でもてはやされた。

Image

コチニール

天然染料のほとんどは植物の根や樹皮、花、実などを用いるが、まれに貝や虫などの動物性のものもある。その中で赤色を得るために用いられてきた虫に数種のカイガラムシがある。コチニールはその中の一種。
南米でウチワサボテンに寄生する虫を赤色を得る染料としていた。その虫がコチニールである。古代マヤ・アステカ文明、そしてアンデス文明では、このコチニールでアルパカなどの獣毛を染めて美しい色を生活の中に取り入れていた。現在もメキシコ、ペルー辺りで生産され、食品の着色料としても多く用いられている。

Image

蘇芳

東南アジア、インドなどの熱帯地方に産するマメ科の樹木。この木の芯を染料とする。奈良時代にはすでに日本に輸入されていた。正倉院には薬物として保存され、また蘇芳染めの木箱なども現存している。
また蘇芳は鉄媒染すると紫色になる。紫根による本紫が高価なため、江戸時代にはこの方法による紫を似紫(にせむらさき)と呼び盛んに染められていた。
※染糸見本 左、明礬媒染 右、鉄媒染

Image

蓼藍

藍はその色素を含む植物の総称で、熱帯性気候の地域ではマメ科のインド藍やナンバンコマツナギ、亜熱帯地域ではキツネノマゴ科の琉球藍、ヨーロッパなどの寒帯ではアブラナ科の大青、そして日本等の温帯ではタデ科の蓼藍がそれぞれ用いられてきた。
藍は動物性植物性のどちらの繊維にもよく染まるので、高貴な身分の人々から庶民まで幅広く親しまれてきた。
藍の染色法には大きく二つあり、一つは「生葉染め」という刈り取ったばかりの生の藍の葉を水中で揉み、色素を取り出した染液で染める方法。もう一つは、「建染め」といい、灰汁に藍を漬けて適正な温度を保つことで藍に含まれる微生物の働きで還元発酵させることにより色素を溶解させ染色する方法である。
※染糸見本 左、生葉染め 右、すくもによる建染め

Image

刈安

すすきによく似たイネ科の多年草。この染料で染めた刈安色は黄系の色名の中でも最も古く、奈良時代“正倉院文書”に登場する。正倉院宝物のなかの黄色系の多くはこの刈安で染められたものと考えてよく、また「苅安紙」という記載もあるので、和紙の染めにも用いられていたと思われる。
また、古くから用いられてきた数ある天然染料の中で、単独で緑色を染め得る物は極めてまれで日本には全く伝わっていない。なので、緑色を得るには刈安や黄蘗、ヤマモモ等といった黄系の染料と藍とを染め重ねる方法が行われる。
※染糸見本 左、明礬媒染 右、藍とかけ合わせて緑に染めた。

Image

山桃

ヤマモモは本州中部以西の暖かい地方に生える常緑高木。果実を食用とするが染料としては樹皮を使用する。
奈良時代には染料として用いられていた。また江戸時代「和漢三才図会」には“汁を煎じて黄褐茶色を染め柿渋と同じ(耐水性を増す)であるため渋木と名付ける”という記述などがあり、それらの事から別名を渋木(しぶき)と呼ぶ。漢名で「楊梅」と書く。薬効性として樹皮の煎汁は悪臭を去り収斂作用を持つので、はれもの,できものに効ありとされている。
※染糸見本 左、明礬媒染 右、鉄媒染

Image

梔子

本州西部、四国、九州、沖縄、台湾、中国南部などの暖地に自生するアカネ科の常緑低木。初夏に咲く花は美しく、芳香を放つので庭木として好まれる。
秋の終わりに実をつけるが、熟しても口を開かないので「口無し」と称される。その実が染料として利用される。布や糸を染めるだけでなく、栗きんとんや沢庵の食品の着色料として広く利用されている。
薬用植物としても非常に広範な効能があり、精神安定、消炎、解熱、不眠、打撲や捻挫などの外用薬としても用途がある。

Image

柘榴

中近東を原産とする果樹で世界各地で古くから栽培されている。果実が熟すと厚い果皮の中には沢山の種子が実ります。この種子は多汁質な外皮で覆われていて、ビタミンCやクエン酸を多く含み疲労回復に効果があるので、砂漠を旅する人々の格好の携帯飲料として利用されていました。また、樹皮や根は煎じてサナダムシの駆虫剤として、果皮は乾燥させて下痢止めとして用いられていました。
染料には果皮が用いられます。ザクロの果皮にはザクロタンニンという成分が含まれているため、果皮を乾燥させてから煮出して色素を抽出します。ペルシャ地方では有史以前から栽培され紀元前11世紀頃には染色に用いたという記録があります。
日本では平安以前に渡来したとみられ、菓子や薬用としての他に鏡磨に果汁を用いていたようです。
※染糸見本 明礬媒染

Image

マメ科の落葉高木で街路樹や庭木としてよく植えられている。中国原産で日本には八世紀には渡来していたとみられる。平安時代の百科事典「倭名類聚抄」には「えにす」の和名が充てられていて、転訛して「えんじゅ」と呼ばれるようになったようである。
若い蕾を乾燥させて染料とする。中国では古くから重要な染料として珍重されていた。防風林を兼ねて家の周りに植え、蕾を採取していた。明代末の技術書「天工開物」に染料としての用法、貯蔵法が記されている。
非常に有用な薬効があり、蕾は気力増進、視力回復、白髪防止、延命、高血圧などに効くとされるほか、果実や樹皮、根、樹液など様々な部分が薬用とされている。
※染糸見本 明礬媒染

Image

蓮の葉

蓮はスイレン科の多年草で水生植物として知られている。地下茎は蓮根としてなじみ深い食品。蓮の葉は利尿、止血、精神の鎮静、などに効用があるとされ、また美容効果も期待できる薬草として、現代でも蓮の葉茶や料理の一部に使用されている。
染料としての記録は正倉院文書の中に「蓮葉染四十二帳」という記述がある。また中国の明代に編纂された「天工開物」には「茶褐色。蓮の実の殻を煮出して染め云々」という一文が見られる。また蓮の茎から繊維を採り糸にした藕糸(ぐうし)を使用した織物が東南アジア地域で古くから織られていて、聖なる織物とされ仏教とともに我が国に伝えられた。
このように蓮は染織の材料として、また食用、薬用としても神聖な植物としながらも非常に身近なものとして広く利用されている。
※染糸見本 明礬媒染

Image

矢車

ハリノキ(ハンノキ)をはじめ、同じカバノキ科ハンノキ属のヤマハンノキ、ヤシャブシなどの実を総称して矢車、あるいは榛と呼んでいる。
茶系統の色を出す染料として、日本では古くから橡、矢車、胡桃、渋柿、杉皮など、タンニン酸を多く含んでいる樹皮や木の実などが用いられてきた。
タンニン酸は植物そのものにとっても抗菌作用を持つ大切なものである。病害虫を防ぎ強風や動物などによってつけられた傷にタンニン酸が集まり菌の侵入をふせぎ身を守っているのである。
したがって次の世代をつくるための種子である木の実には、多くのタンニン酸がふくまれており、それらを採取しておそらく原始の頃から染色に利用されてきた。
※染糸見本 左、鉄媒染 右、明礬媒染

Image

胡桃

クルミ科の落葉高木で、日本にはオニグルミと呼ばれる種類の胡桃が自生している。核の中の種子にあたる部分は食用としているが、染料には核を包み込んでいる果肉の部分や樹皮を使う。
秋になると青く実る果実には、非常に多くのタンニン酸が含まれている。「正倉院文書」には「胡桃紙」と呼ばれる紙を染めていたという記録がある。かなり古い時代から、身近な染料として使用されていたことが、様々な出土品や文献から伺うことが出来る。
※染糸見本 明礬媒染

Image

檳榔樹

インドから東南アジアの熱帯、亜熱帯にかけて生育する椰子。その果実を檳榔樹と称し乾燥させたものを染料とする。古く奈良時代から輸入されており正倉院に今も薬物、香木として伝えられている。奈良時代から染料として使用されたかは定かでないが、江戸時代には大量に輸入され、あらかじめ紅や藍で下染めをしてから鉄で発色させ黒く染めたものを「紅下檳榔樹」「藍下檳榔樹」と呼び、黒紋付などに用いられた。
※染糸見本は鉄媒染で薄鈍色に染めたもの。

Image

ログウッド

別名「アカミノキ」メキシコ原産の高さ10m程になる常緑小高木。染料に使用する目的で16世紀以降南米からヨーロッパへ丸太のままで輸出されたので、“Logwood”と呼ばれるようになりました。
木の中心部が赤く、ヘマトキシリンという色素が含まれていて、この部分を細かくし煮出すことで染料として使用します。
マヤ族が伝統的に使用してきた染料で、「血の木」と呼ばれています。
日本へは明治中期以降に輸入されるようになり、黒染めの染料として重宝されてきました。
※染糸見本 明礬媒染